【悲報追悼】古賀稔彦さんの妻や柔道を続ける子ども達の実力は?

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柔道の1992年バルセロナ五輪男子71キロ級の金メダリストで「平成の三四郎」の異名を取った古賀稔彦(としひこ)さんが2021年3月24日、53歳で亡くなった。癌で闘病中であった。その古賀さんの妻(奥さん)や柔道を第一線で続ける息子や娘はどのような子ども達なのかまとめてみました。

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1古賀稔彦さんの妻

名前:古賀早苗(こが さなえ)
年齢:不明
学歴:⽇本体育⼤学

2古賀稔彦さんの子ども

古賀稔彦さんには3人のお子さんがいます

その偉大な父の背中を追って3人の子供たちも柔(やわら)の道に入っているようです。2003年に古賀稔彦さんは⾃⾝が指導を⾏う柔道塾「古賀塾」を設⽴し、 ⾃⾝の⼦供たちもそこでトレーニングしていました。 古賀稔彦さんは⼦供たちに様々なトレーニングを取り⼊れ子どもたちを鍛え上げていたようです。

2−1長男:古賀颯⼈

颯人さんは「気付いたら道着を着ていた」と父が教える「古賀塾」で3歳から柔道を始めた。学生柔道の名門の愛知・大成中・高を経て父と同じ日体大に進学。豪快な一本背負いを得意とする父に対し得意技は内股だが、技の切れは父親譲りだそうです。

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名前:古賀颯⼈(こが はやと)

⽣年⽉⽇:1997年9⽉13⽇
中学校:⼤成中学
⾼校:⼤成⾼校
⼤学:⽇本体育⼤学
◎経歴・戦績
・⼩学校6年:全国⼩学⽣学年別柔道⼤会にて、 50kg級優勝。
・中学3年:全国中学校柔道⼤会で優勝。
・⾼校2年:全⽇本カデ柔道体重別選⼿権⼤会で優勝
・⼤学2年の時には全⽇本ジュニアで3位。
・⼤学3年の時には学⽣体重別で優勝。

卒業後は慶応高の教諭となり、柔道部を指導する傍ら、自らの鍛錬にも励んでいる。

2−2次男::古賀⽞暉

古賀元暉さんも兄の古賀颯⼈さんと同じ、3歳の時に柔道を始めたそうです。 そして、「古賀塾」に所属し、兄同様に優秀な成績を収めています。

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名前:古賀⽞暉(こが げんき)

⽣年⽉⽇:1998年12⽉19⽇
中学校:⼤成中学
⾼校:⼤成⾼校
⼤学:⽇本体育⼤学
◎経歴・戦績
中学2年⽣:全国中学校柔道⼤会の50kg級で2位。
中学3年⽣:全国中学校柔道⼤会の55kg級で優勝。
⾼校1年⽣:全国⾼校選⼿権の60kg級で優勝。
⾼校2年⽣:「全⽇本カデ」でも優勝。
・「世界カデ」の代表にも選ばれる。
・日体大では18年10月の世界ジュニア選手権で60キロ級優勝。

2021年に名門・旭化成に入り、24年パリ五輪出場を目指す

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2−3長女:古賀ひより

長女ひよりさんは、子供の頃から柔道の全国大会で活躍し、18年の全国高校選手権の57キロ級では準優勝した。現在は父が総監督を務めてきた環太平洋大で鍛錬を積んでいる。

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名前:古賀ひより

⽣年⽉⽇:2000年9⽉12⽇
中学校:川崎市⽴東橋中学校
⾼校:創志学園⾼校
⼤学:IPU・環太平洋⼤学
◎経歴・戦績
⼩学⽣:全国⼤会出場。
中学⽣:全国中学校柔道⼤会で3位。
全国中学校⼤会52キロ級で準優勝。
⾼校:全国⾼等学校柔道選⼿権⼤会で第2位。
・岡⼭創志学園⾼校時代は柔道部の主将。

3まとめ

「平成の三四郎」の異名を取った古賀稔彦さんが2021年3月24日、癌で闘病中でしたが亡くなりました。その古賀さんを支え続けた妻(奥さん)や父の背中を追い柔道を第一線で続ける息子や娘さんについて情報をまとめてみました。

柔道家の中でも特に人気のあった古賀稔彦さん。真面目に柔道に向き合う姿が何度も国民の心を動かしました。

その方を支えた家族、そして背中を追い続ける子どもたち。応援していきましょう。

古賀稔彦さん。ご冥福をお祈りいたします。

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