サッカーの神ディエゴ・マラドーナ氏死亡の原因【死因】は心不全

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サッカーの元アルゼンチン代表で、1986年のワールドカップでアルゼンチンを優勝に導いたことでも知られる、ディエゴ・マラドーナ氏が25日、亡くなりました。60歳の若さで急遽死亡したサッカーの神ディエゴ・マラドーナ氏をピックアップ。マラドーナ氏の死因は心不全だったそうです。

伝説:ディエゴ・マラドーナ

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1マラドーナ死亡のニュース

 

【サンパウロ共同】アルゼンチンのメディアによると、サッカー元アルゼンチン代表のスーパースター、ディエゴ・マラドーナ氏が25日、ブエノスアイレス郊外の自宅で死去した。60歳。左頭部に硬膜下血腫が見つかり、手術を受けていた。

引用:中日新聞

左頭部に硬膜下血腫が見つかって手術していたとありますのでこれが原因なのでしょうか。

2死因は心不全

アルゼンチン最大の日刊紙『Clarin』は25日、同国サッカー界の英雄ディエゴ・マラドーナ氏が死去したと報じた。同紙によれば、マラドーナ氏はブエノスアイレス近郊の都市ティグレにある自宅で心不全を起こして亡くなったという。

このニュースを受けてアルゼンチン国内はもちろん、スペインやブラジルなどの大手メディアも一斉に『Clarin』紙をソースとしてマラドーナ氏の死去を報じた。

引用:フットボール批評

 

3硬膜下血腫で入院

2020.11
サッカーの世界的スター選手だった元アルゼンチン代表ディエゴ・マラドーナ氏(60)が3日、硬膜下血腫が見つかり手術を受けることになった。現地メディアが報じた。2日から首都ブエノスアイレス近郊ラプラタ市の病院に入院していた。
 3日に検査をしたところ左頭部に血腫が見つかった。主治医は2日、入院の理由を精神的な不調だと説明していた。貧血と脱水症状も見られたという。
引用:中日新聞
硬膜下血腫の診断後手術しその後順調に回復していました。

マラドーナ氏は、今月2日に体調不良を訴えブエノスアイレス近郊の病院に入院していたが、硬膜下血腫と診断され、その後転院。3日に脳血栓を取り除く手術を行ったルーク主治医は「神経学的な損傷はなく、術後の経過も良好だ」と、今回の手術が成功したことを報告した。なお、マラドーナ氏の状態について以下のように語っている。

「ディエゴの回復には驚いている。彼はよく冗談を言っているよ。私も安心しているし、彼の元気な姿を見ることができて幸せだ」

「我々は彼の状態をしっかり管理しており、可能な限りの支援をする。とはいえ、彼はまだ術後の期間にあたり、まだ健康とみなすのは難しい状況だ。今は鎮痛剤で痛みを和らげている。ただ、彼の回復は日に日に進歩している。原則に基づくならば、今日はまだ集中治療室に入ることになっていたからね」

引用:SOCCERKING

4心不全とは

心不全の原因・これまで心臓病などを持っていない人に急激に心不全の症状が出た場合は急性心不全と言われる。

・その他風邪や過労などの不調、ストレスが原因となることもある。

高血圧をそのままに放置。

貧血を起こしたりすることなどが引き金になるといわれている。

・心不全はポンプである心臓の機能が衰えることが原因

◎心臓の機能を衰えさせる原因の一つとして高血圧が挙げられる。高血圧の状態が続くと、高い圧力で血管の壁が押されるため、血管への負担も重くなる。また常に強い圧力に逆らう形で血を送り出すポンプとなる心臓への負担も大きくなり、心不全へつながることもある。

マラドーナ氏は現役を引退後の体重増加やストレスもあったことでしょう。また硬膜下血腫によって貧血もあったといいます。直接の因果関係はわかりませんが、硬膜下血腫によるストレスや症状も少し心不全と関係しているのかもしれません。

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5サッカーの神マラドーナ氏とは

マラドーナ氏は1960年、アルゼンチンの首都、ブエノスアイレスに生まれました。

現役時代はその卓越した技術から「神の子」とも呼ばれ、1982年から4回連続でアルゼンチン代表としてワールドカップに出場し、サッカー史上、世界最高の選手の1人として知られていました。

1986年のワールドカップ・メキシコ大会では準々決勝のイングランドとの試合で、ドリブルで相手の5人の選手を抜いてゴールを決めた「5人抜き」や、ヘディングと見せかけて左手でシュートを決めた「神の手ゴール」など伝説のプレーを残し、チームを優勝に導きました。

また、イタリアの一部リーグ「ナポリ」などでも活躍し、世界的な名声を得ました。

一方で、私生活では多くの問題も抱え、1994年のワールドカップでは検査で禁止されている薬物を使用していたとして出場停止処分を受けました。

麻薬所持の疑いで逮捕されるなどトラブルも相次ぎ1997年に現役を引退しましたが、引退後も、たびたび薬物中毒などで倒れ、入退院を繰り返していました。

2010年の南アフリカ大会では、アルゼンチン代表の監督として指揮をとりましたが準々決勝で敗れ、その後、監督の座を退いていました。

6まとめ

今回はサッカーの神マラドーナ氏についてまとめました。いろいろと問題も起こしてきましたが、サッカーの実力は世界一といっても過言ではないでしょう。
そして、いつも見せるキュートな表情や仕草がもう見られないとなると非常に寂しいですね。
冥福をお祈りします。

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